大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(合わ)135号 判決 1967年7月14日

被告人 大塚武雄

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和四二年四月六日午後九時頃、東京都杉並区堀ノ内二丁目四五八番地株式会社大林組和泉町下水工事現場において、所携のナイフ及びカツター(昭和四二年押第七一六号の一)で、同工事事務所長山口勝三の管理する、電源板から立坑内に配線されている動力線「キヤツプタイヤー」二本を各約七メートル(重量合計約四〇キログラム)にわたり切断し、これをたばねて二束とし、同所付近にあつた同人管理の手押車(「ネコ車」といわれている二輪のもの)に積んで同所より運び去り、もつてこれら(時価合計約一万四、〇〇〇円相当)を窃取し、

第二、右「キヤツプタイヤー」を中野区内の仕切屋で売却処分して一旦帰宅したりした後、同日午後一一時過ぎ頃、再び前記第一記載と同じ所にある昭和水道土木株式会社井ノ頭幹線工事現場において、同社所有のビニールケーブル電線を窃取しようとして右カツターで切断中、前記大林組工事関係者らに発見されたと思い込み、その場を離れて出てきたところ、誰何されて同工事現場南に面しほぼ東西に通じる八幡通り歩道上を東方の環状七号線道路方向に約一〇〇メートル逃走し、同人らに追いつかれるとみて急に立ち停り振り向きざま、佐々木未全(当三五年、土工兼マイクロバス運転手)が被告人の正面から胴体に組み付いてきたところを、逮捕を免れるため、着衣の下に隠し持つていた前記カツターを取り出し、いきなり同人の頭部を二度続けて上から小突くようにして殴打する暴行を加え、よつて同人に対し加療約一〇日間を要した頭頂部やや左側に長さ約一・五センチメートル、巾約〇・五センチメートルの割創を負わせ

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

一、被告人は、判示第二の犯行当時、飲酒酩酊し、自分の行為についての記憶もなく、是非の弁識能力が著しく減弱しており、心神耗弱の状態にあつたとの主張について

被告人は、特に公判廷において、佐々木をカツターで殴打した前後の状況の詳細について記憶がないと述べており、被告人の当時の飲酒量等は必ずしも明らかでないのであるが、証人佐々木に対する受命裁判官の尋問調書、公文康雄の検察官に対する供述調書、その他前掲の諸証拠によつても、被告人が当時酩酊していたと認められる状況にはなく、被告人の右供述部分は信用し難い。即ち被告人は、当時事理弁識能力及び自己統御の能力において著しく減弱していたとは認められないので、右主張は採用しない。

二、判示第二の事実に関し、(一)逮捕者佐々木は逮捕の際被告人の窃盗未遂の事実を知らなかつたのであり、判示第一の窃盗の事実との関係でその逮捕行為は緊急逮捕に当る場合で現行犯・準現行犯逮捕の要件を充たさず、従つて一私人にすぎない者のした緊急逮捕は違法で、被告人の佐々木に対する抵抗は正当防衛的行為と目すべきものであり、(二)被告人は当時右一、に主張のような精神状態にあつて、恐怖心と逃げたい一心から夢中で抵抗しただけで、佐々木に暴行を加える認識も故意もなかつたのであるから、たとえ被告人の行為により傷害の結果を生じたとしても強盗傷人罪は成立せず、単に窃盗未遂罪と過失傷害罪が成立するに過ぎないとの点について

まず注意すべきは、刑事訴訟法二一二条二項の準現行犯逮捕の許される場合であるか否かと刑法二三八条の事後強盗の成立要件である窃盗の機会継続中といえるか否かということは、事実上重なりあう場合が多いであろうけれども、観念的には明確に区別して考えなければならない点である。

(一)  そこで前掲諸証拠によれば、判示の両工事現場のある敷地の隣に住む神田静子は、被告人が判示第一の犯行の際、腕にけがをしていること、「キヤツプタイヤー」を手押車に積んで運び去つたことを目撃、確認し、その事実は同女及びその主人を通じて大林組の工事現場事務所の者に知らされたこと、同工事関係者らは、「キヤツプタイヤー」が切断されて無くなつており、その現場付近に血痕があることを確認し、警察に通報するとともに修繕の手配をしたこと、警察官は、一度現場に来たのち、また来て犯人を探しに行く旨を伝えて戻つたこと、右事務所で待機していた右工事関係者公文康雄、木本実男は近所に住む顔見知りの六〇才位の男(あるいは神田静子の主人か)から、電線を盗んだ者がまた来た旨知らされ、事務所を出てみると、そこで、ちようど事務所と立坑の中間の暗がりから八幡通りの方に出て来た被告人の姿を認めたこと、被告人としても人影を認めてケーブル電線を切断しているところを発見されたものと思い込み、盗むのをやめて出てきたところであつたこと、電気係員と現場に来ていた佐々木は、聞き及んでいた事情から犯人がまた盗みに来たのではないかと思つたこと、佐々木らは、右工事現場のある敷地と地続きの八幡通りに出た所で、被告人の腕のけがを確認し、交番への同行を求めたところ、隙をみて被告人が逃げ出したので、追跡し、判示のようにして同人から佐々木が暴行を受けるに至つたこと、この間、第一の窃盗から約二時間経過しているに過ぎないこと、以上のような事実が認められる。

このような情報とこれに符号する腕の傷という有力な証跡が確認され、交番へ同行を求められるや被告人が逃走しようとしたというような状況は、判示第一の窃盗の嫌疑が明白でかつ急速を要するばあいであり、刑事訴訟法二一二条二項本文、三号および四号にいう「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められ」かつ「身体に犯罪の顕著な証跡があり」、「誰何されて逃走しようとするとき」に当り、同法二一三条により私人の準現行犯逮捕が許される場合というべきである。本件において被告人が既にその賍品を処分してしまつていたことは、なんら右判断を導く妨げとはならない。それゆえ、本件佐々木らの逮捕行為はなんら違法とはいえず、従つて被告人の正当防衛を論ずる余地はない。

(二)  被告人の精神状態が、前記一、で判断したとおりであり、これに前掲証拠中目撃者らの述べているところ、カツターが続けて二度同じ箇所に当り、判示のような傷を負わせていること等をあわせ考えれば、被告人に暴行の故意のあつたことは否定できず、右暴行は、用具(カツターは重さ一キログラム余、長さ約三七センチメートル)、態様、状況からみて、通常人の反抗を抑圧するに足る程度のものというべきである。

(三)  窃盗未遂との関係で(事後)強盗傷人罪が成立することについて

(1)  刑法二三八条の事後強盗罪が成立するためには、同条所定の目的をもつてなされた暴行または脅迫が窃盗の機会継続中に行われたものであることを要し、窃盗の機会継続中といえるかどうかの点は、窃盗と暴行等との時間的、場所的接着性、暴行等の相手方と窃盗事実との関連性等を総合して判断しなければならない。

(2)  ところで、被告人の佐々木に加えた暴行は、窃盗未遂との関係では、時間的、場所的に接着しており、被告人の主観面で、窃盗未遂犯人として逮捕されることを免れる意図をも有していたことは事理の当然であるから、まさに接着性が肯定される。

(3)  問題は、判示第一の窃盗被害の関係者である佐々木ら追跡者に、逮捕の当時窃盗未遂の事実が判明していなかつた点である。例えば、窃盗を犯し、その現場から逃走中の犯人が、たまたまその進路に立ちふさがつたが右窃盗の事実を全く知り得なかつた、いわば同事実と無関係の通行人を突き飛ばしたというような場合、右事実と暴行の被害者とは単に一点で交叉しているのみで関連性は必ずしも肯定できず、右暴行は窃盗の機会継続中のものとはいえないことが多いであろう。しかし、前掲の諸証拠によれば、本件判示第一の窃盗と同第二の窃盗未遂の、場所は同じ敷地内の判然と区画されていないごく近接した同種の工事現場であり、その対象も同種の電線、犯行態様も同様で、時間的にも近接していて佐々木も、被告人がまた盗みに来たのではないかと思つたことが認められる。工事関係者以外の者が、その時刻頃、そのような場所にいた場合、特別の事情がない限り、佐々木のように考えるのも自然であり、右のような状況で佐々木らを見て逃げ出したとすれば、むしろ、その直前においても窃取等の行為をしていた蓋然性がきわめて高く、それだけで誰何するなりできる場合であるといわなければならない。このような事情の認められる場合、佐々木らが、主観的に第二の窃盗未遂の事実を知らず、第一の窃盗犯人として逮捕しようとしたものであつても、客観的には、なお同人らは右窃盗未遂と全く無関係ではなく、その逮捕行為を通じて、関連性があるものというベきである。

(4)  とするならば、被告人の本件暴行は、逮捕を免れるため、窃盗未遂の事実と時間的、場所的に接着し、同事実と関連性を有する佐々木に対するものである等、犯人被害者を含めて行動的にも接着し、窃盗の機会の継続中になされたものということができ、結局、その結果として佐々木に判示の傷害を負わせた被告人は強盗傷人罪としての責任を負わなければならないというべきである。

なお、本件被告人の暴行は、判示第一の窃盗との関係では、同人が既に賍品の処分まで終えており、刑法二三八条の規定の趣旨からいつても、窃盗の機会の継続中とみることは不当な拡張というべきで、事後強盗(傷人)の成立は否定すべきである。また管理者(所有者)の相違、被告人は置き忘れたカツターを取りに行き、血痕を始末するために再び工事現場に行つたというのであつて、犯意の継続が必ずしも認められないこと等より、判示第一の窃盗と同第二の窃盗未遂の関係を接続犯として包括一罪とみることは困難である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二の所為は同法二四〇条前段、二四三条、二三八条にそれぞれ該当するので、判示第二の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をするが、本件窃盗は、きわめて大胆、手馴れた方法で行われ、さらに二度目の窃取をしようとして犯すに至つた強盗傷人の点も、用具、傷害の部位等を考えると犯情は必ずしも軽くはないが、佐々木の傷も比較的軽微ですみ、弁護人や妻の努力により被害者との間に示談が成立し被害感情も和らいでいるとみられること、家庭や生活環境に同情すべき点も窺われること、被告人も後悔しているとみられること等酌むべき事情も認められるので、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中七〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により同人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 寺尾正二 小川喜久夫 龍岡資晃)

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